2025.06.18所長・COVID-19記事
眼球使用困難症候群を漢方で克服|SCI方証医学の実践例
【第75回東洋医学会学術総会】SCI方証医学「眼球使用困難症候群の症例」|所長報告
「まぶしくて目が開けられない」「医療機関を受診しても原因不明」——。近年注目される難治性疾患「眼球使用困難症候群」。本記事では、眼球使用困難症候群とは何なのか、SCI方証医学に基づく漢方処方によってこの病気を完治に導いた症例、2025年の日本東洋医学会での学会発表の様子を詳しくご紹介します。
2025年6月6日~8日に渡って開催された第75回日本東洋医学会学術総会にて、富士堂漢方薬局所長の許志泉先生が、1年4ヶ月続いた眼球使用困難症候群を漢方で治癒したという珍しい症例を発表しました。
今回の総会は、「東洋医学のエビデンス~漢方・鍼灸の実力と未来~」をテーマとして、東京・新宿の京王プラザホテルにて開催されました。約4000名の参加者が集い、各分野の専門家による熱のこもった発表や討論が繰り広げられ、東洋医学の最前線が体現される場となっていました。
そんな中、6月7日の一般演題 「眼科・耳鼻咽喉科疾患」にて許先生による発表が行われました。タイトルは「眼球使用困難症候群に桂枝加苓朮附湯加当帰川芎が著効した1例報告」で、1年4ヶ月もの間、眼球使用困難症候群に苦しめられた患者の治療について、その経過と結果・考察を発表し討論の場を設けました。

眼球使用困難症候群とは
まず眼球使用困難症候群とは、羞明(しゅうめい/わずかな光でも強いまぶしさや不快感を感じること)をはじめ、眼痛・頭痛・めまい・吐き気といった症状が現れ、日常生活に深刻な支障をきたす難治性の疾患です。眼球自体には明確な異常が認められないケースが多く、原因の特定が難しいことから、診断や治療が確立されていないのが現状です。
強い症状に悩まされている方は、遮光眼鏡の常用や、光を完全に遮断した環境での生活を余儀なくされることもあります。厚生労働省の実態調査では、眼球使用困難に苦しむ人々への社会的支援の必要性が指摘されており、明確な眼球使用困難症候群の患者数は判明していませんが、関連疾患の一つである眼瞼けいれんの患者数だけでも、国内に推定30万〜50万人存在するとされており、これに類似する光過敏症を含めれば、相当数の方が影響を受けていると考えられます。
また、眼球使用困難症候群の患者に対しては、社会的な理解や行政支援が十分に整っておらず、症状を抱えながらの生活において、治し方が確立されていない苦しみ以外にも様々な困難を感じることが多いのが実情です。
眼球使用困難症候群のある方が直面する主な困難
- ①医学的な理解が不十分
症状に対する医療従事者の認知が進んでおらず、適切な診断を受けられないまま複数の医療機関を受診するケースが後を絶ちません。羞明や痛みのような症状も誤解されやすく、ボトックス注射が効くといった誤認や、薬剤性に対する理解の不足が影響していることもあります。 - ②行政や制度の支援が得にくい
視覚障害と同等の生活上の困難があるにもかかわらず、社会的な認知度が低いために、行政サービスや福祉制度による十分な支援が行き届いていない状況があります。 - ③社会的な孤立につながることも
病気自体の知名度が低いため、職場や学校などで周囲の理解が得られず、人との関わりを避けるようになったり、孤立してしまうケースもあります。 - ④家族関係への影響
家族にとっても症状の深刻さが伝わりにくく、互いに理解不足から関係が悪化したり、介護の負担が偏ることで精神的・身体的な疲弊が蓄積することもあります。 - ⑤経済的困窮や将来不安
働き続けることが難しい環境に置かれているにもかかわらず、制度的支援が十分でないため、生活費の確保に困ることもあります。また、将来的に支えてくれる家族が高齢化・死去した場合の生活設計に不安を抱えている方も少なくありません。 - ⑥遮光環境が必須で、完全な暗室で生活する必要がある
サングラスや帽子、日傘、遮光カーテンなどの遮光対策が日常的に欠かせず、完全に光を遮った部屋で生活する必要がある方もいます。遮光アイテムの購入費や維持費がかさむうえ、家族と生活空間を分けざるを得ないなどの問題も生じやすいです。 - ⑦デジタル機器が使えず、情報にアクセスしづらい
スマートフォンやパソコン、テレビの光が症状を悪化させるため、情報収集が困難になり、社会との接点が少なくなってしまうことがあります。 - ⑧微細な光にも敏感で、生活環境に強い影響を受ける
室内のスイッチのランプなど、ごくわずかな光でも症状が引き起こされるため、現代の照明環境そのものが大きな負担となります。 - ⑨読み書きへの支援が足りていない
目が使えない状態のため、読書や筆記が難しくなるにもかかわらず、それに対する公的な支援や代替手段が十分に提供されていません。 - ⑩外出そのものが困難
日中の自然光はもちろん、夜間でも街灯や車のヘッドライト、商業施設の照明などの光がトリガーとなるため、外出できない状況に追い込まれることがあります。完全な遮光をしなければ外に出られないという方もいます。
このように、眼球使用困難症候群は身体的なつらさだけでなく、社会的・経済的にも多くの壁を生み出す深刻な課題です。
眼球使用困難症候群についての詳細はこちら:
①令和3年度 厚生労働省 障害者総合福祉推進事業 いわゆる「眼球使用困難症」により 日常生活に困難を来している方々の支援策等に関する調査研究報告書
②眼球使用困難症候群ネットワーク | 互いに明るく社会生活を送れる社会を目指します。
③眼球使用困難症候群協会(PDESS) – 眼球使用困難症候群患者の生活向上を目指す)
ではさっそく、今回の症例についてみていきましょう。
症例
症例
X年2月20日 初診 ※来店した年をX年とする
56歳女性、160㎝、50kg、BMI=19.53
主訴:わずかな光でも耐えられないほどの目のまぶしさ、めまい、耳鳴り、頭痛などが1年4ヶ月持続
現病歴
X-1年10月頃より、テレビや携帯の光をまぶしく感じるようになった。
同年12月には、急激にまぶしさが増し、部屋の電球の光ですら耐え難くなる。 羞明とともに、めまい・耳鳴り・頭痛・目のずーんとした重だるさ・指のしびれ・首や肩のこりも出現。
暗い部屋でじっとしているしかなく、大学病院の眼科・耳鼻咽喉科を複数受診するも原因不明。
「眼球使用困難症候群」と診断され、治療法はなく、遮光眼鏡の使用のみが勧められた。 遮光眼鏡で症状はやや軽減するものの、家事・外出は困難な状態。
初診時所見
●光刺激により強い羞明を感じ、同時にめまい・頭痛・耳鳴りを伴う。
●部屋の電球や携帯の光でも症状が誘発され、目の奥が重くなる。
●指のしびれ、首・肩のこりがある。
●外出できず、在宅時は窓やドアの隙間も段ボールでふさぎ、完全な遮光状態で生活。
●外出時は遮光眼鏡と夫の介助が必須。
●2~3年前に閉経、過去に高血圧を指摘され極端な減塩を実施(丁寧な問診でやっと確認できた情報)。
●手足の裏や上半身に汗が出やすく、口は渇かず水をあまり飲まない。
●飲食は熱々のものを好む。
●思考力の鈍化、健忘がみられ、日常でのミスが多い。
●下肢のむくみなし。皮膚枯燥でやや色が暗い。
●脈:浮・やや弦・力中。腹力:中等度。舌:淡紅・質嫩・苔薄白、舌下静脈に軽度の怒張。
注目すべき所見
① 少しの光でも強い羞明があり、遮光眼鏡が手放せず暗い部屋にいるしかないなど、生活に大きな支障がある。
② 極度に塩分を摂っておらず、口が渇かないため水分摂取をしないこと、皮膚枯燥、思考の鈍さなど体質的な特徴。
SCI方証医学による診断・処方の導出
同じ病名でも体質などによって合う漢方薬は異なります。SCI方証医学とは、患者さんの症候(Symptom)・体質(Constitution)・病(Illness)のそれぞれに当てはまる生薬や方剤を一度洗い出し、その中でかぶっているものを採用し、否定材料があるものを排除して最終的に処方を決めるというものです。この時のかぶっているもの、つまり重なり合った中心点を証(しょう)と呼び、例えば「この人には桂枝証がみられる」という文言はざっくり言うとつまり「この人には桂枝を使用するのにふさわしい判断材料が揃っている」という意味になります。
また、東洋医学では様々な体質分類方法が存在しますが、ここでは生薬を用いた体質分類を使用します。

上記はSCI方証医学モデルの基本構造で、実際にこの症例を当てはめると以下のようになり、桂枝加苓朮附湯加当帰川芎の証を導くことができました。詳しく見ていきましょう。
症候からの分析
羞明・めまい・耳鳴り → 茯苓証、朮証、苓桂朮甘湯証?
光で誘発、上半身に汗が出やすい → 桂枝証、桂枝湯証?
反応の鈍さ・疲労感・口渇なし・熱い飲食を好む → 附子証
皮膚乾燥・舌下静脈(+) → 瘀血症、当帰証、川芎証、芍薬証(小腹不仁やほてりがないため地黄証は除外)
体質からの分析
上半身に汗をかきやすく、体力が弱いため強いて言えば桂枝体質の可能性、または不明体質と判断。
病からの分析
眼球使用困難症候群、羞明、めまい、水毒、衝逆症など。 対応処方として桂枝加苓朮附湯、苓桂朮甘湯、五苓散、真武湯、当帰芍薬散などが候補に。
➤上記から、症候・体質・病の3つの視点すべてに共通する方剤として、「桂枝加苓朮附湯加当帰川芎」が導き出されました。

処方と経過
SCI方証医学に基づき、桂枝加苓朮附湯加当帰川芎の煎じ薬を処方しました。
組成生薬:桂皮4g、芍薬4g、大棗4g、生姜1g、甘草2g、茯苓4g、白朮4g、炮附子0.5g、当帰2g、川芎2g
計52日分(14日+21日+17日)
服薬後の経過
●漢方服用開始から14日後
光への過敏さが軽減し、夕方には遮光眼鏡が不要に。また、朝の窓からの光も平気に。 年中あっためまい・歯痛も今は無くなり、耳のつまり感も消失。食欲が増し、食べられるようになった。塩分を摂り、水分も摂れるように。
●35日後
光への過敏さがさらに軽減。カーテンを閉めればサングラスなしで在宅生活可能に。 曇天時にはサングラスなしで外出できるように。
●52日後
光への過敏さがさらに改善。屋外でも遮光眼鏡が不要なことが増え、家では完全にサングラスなしで生活できるようになった。太陽光も少しなら耐えられるように。

許先生の総評
眼球使用困難症候群(眼球使用困難症)は、いまだに有効な治療法が確立されていない難治性の病気です。患者の方々は、強い羞明により、完全に光を遮断した密室での生活や、遮光眼鏡・遮光衣類の常用を余儀なくされ、社会活動や家庭生活にも大きな制限がかかっています。
このような困難な状況にある患者さんの治療に臨む際、私は常に以下の2つの視点を大切にしています。
1つ目は、「きめ細やかで丁寧な問診」です。
今回の症例においても、丁寧な聞き取りによって「2年前に閉経していたこと」や「極端な減塩を行っていたこと」といった重要な生活背景が明らかになりました。これらの情報を踏まえ、女性ホルモンの減少と栄養バランスの偏りが脳の光処理機能に影響した可能性を推察できました。
2つ目は、「SCI方証医学の理論と診断技術」です。
強い羞明・めまい・極端な減塩は水毒、疲労感や反応の鈍さは虚証、上半身の発汗や衝動的な発作症状は衝逆症、そして皮膚の乾燥や舌下静脈の怒張は瘀血症と捉えることができます。こうした複数の要素をSCI方証医学に照らし合わせ、最適な処方を導き出した結果、約2ヶ月で症状は劇的に改善されました。この症例は、SCI方証医学の有効性と応用可能性を実証する一例となりました。
眼球使用困難症候群は、外見からは分かりにくいため、周囲の理解が得られにくい疾患です。社会的な認知が進んでいないことで、就労・通学・家族関係など、患者さん自身だけでなくその周囲の人々にも負担が及んでいます。
しかし、たとえ治療法が確立していない難病であっても、その人の体質や背景を丁寧にひもとき、向き合うことで、改善の糸口は必ず見つかります。だからこそ私は、「症状や病気は生活背景の中から生まれる」という視点と、「丁寧な問診・対話なしに真の診療は成り立たない」という信念を持ち続けています。
眼球使用困難症候群で苦しむ方々には、「あなたは決して一人ではない」と伝えたいです。そして社会全体としても、こうした見えにくい障害にもっと目を向け、必要な支援や配慮が当たり前に届けられる環境づくりが求められています。
今回の学会では、多くの先生方と直接意見交換できたことで、新たな気づきや学びを得ることができました。このような場を通じて、今後もより多くの患者さんに適切な治療と安心を届けられるよう、日々研鑽を続けてまいります。
所長・医学博士・中医師 許志泉
記事監修
許 志泉 所長 医学博士
【経歴】
1987年 南京中医薬大学中医学部 卒
1987年~ 南京中医薬大学 内科医師 助手、講師、南京中医薬大学学報編集など歴任 1996年医学修士号取得。臨床や研究に携わる
1998年 順天堂大学医学部・膠原病リウマチ内科学 入局
2003年 順天堂大学 医学博士取得
2004年~ 富士堂漢方医学研究所(元・富士堂東洋医学研究所) 所長
【所属学会】
日本東洋医学会、日本リウマチ学会、日本臨床免疫学会、東亜医学協会
【研究業績/著作】※一部抜粋
1. 著作:許志泉,漢方求真 体質・症候・病から探究する薬方の証,東京,桐書房,2018年10月
2. 著作:黄 煌、範欣生、施 誠、傅 雷、許志泉,張秀春、周建英、徐 力,方薬心悟――名中医処方用薬技巧(訳:方剤、漢方薬における心得――有名中医師による漢方の使用の技),南京,江蘇科学技術出版社,1999年
3. 著作:項平、許志泉,常見病毒病的中医診治(よく見られるウイルス感染病における中医学の診断と治療),北京,人民衛生出版社,1998年6月
➤業績一覧はこちらから
関連項目
>>その他学会発表記録についてはこちら「【東洋医学会シンポジウム】漢方医学の証、漢方の効き方|所長報告」
>>SCI方証医学を学びたい方に!書籍発売中「許先生「漢方求真」出版記念講義|東京中医薬研究会定例会」
>>SCIに基づく漢方治療症例でよく読まれている記事「緑内障視野欠損1/3以上改善| 眼科医もビックリ」
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